恵方参りのあれこれ

恵方とは?

ますは恵方についてから。

恵方は、福徳を司どる「年神様(歳徳神)」がいらっしゃる方位の事を差す。歳徳神は、八将神(吉凶の方位を司るとされる八神)の母のこと。

この「年神様(歳徳神)」は、別名チャンスの神様。年の初めに祭る神でその年の福徳を司ります。歳徳神のいる方方角を明の方(あきのかた)すべてにおいて吉となる恵方と言います。恵方は、毎年立春で切り替わります。その年の十干から恵方の方角が割り出されます。

2024年は、ほぼ「東(東から北へ15度)」の東北東寄りとなりまる甲の方角が恵方となっている。

恵方の割り出し方

恵方は陰陽道に基づく方位で割り出され、360度を24方位に分割し、北の「子」を0度として、それぞれ15度ずつで刻むもの。なので、東西南北から微妙なずれしが生じる。

その中の「甲、丙、庚、壬」の4つの方角が恵方とされ、西暦の下一桁によって恵方の方位は決まる。

甲:東から北へ15度・・・4・9(西暦の下一桁)・・・東北東の表記になっている

丙:南から東へ15度・・・1・3・6・8(西暦の下一桁)・・・南南東

庚:西から南へ15度・・・0・5(西暦の下一桁)・・・西南西

壬:北から西へ15度・・・2・7(西暦の下一桁)・・・北北西

恵方参りとは?

その年のチャンスを掴む為に願い事を叶える目的でお参りに行く事を「恵方参り」と言います。

自宅(基本)から750メートル以上離れた恵方の方向にある神社仏閣、教会などに行く事で運気が強まり、その年の吉福を祈り、チャンスが掴みやすくなると伝わっています。江戸時代には、お正月のお参りには、恵方にある社寺に行くのが風習であった。

その後、鉄道網の発達により、遠くの有名な社寺に恵方参りで行く事が出来るようになる。

それが、恵方参りに限定する事無く、「初詣」として有名な社寺に行く事に繋がっていく。

それぞれの鉄道会社が、乗客争奪戦にお寺への初詣を利用するようになり、恵方参りが衰退してしまう。

恵方参りのタイミングについて

立春後から次の年の立春までの期間

この期間内は何回でも同じ場所に恵方参りに行くのも佳しとなる。

特に立春、立夏、立秋、立冬、春分、夏至、秋分、冬至などの季節の変わり目にお参りに行くのがおススメの時。

当日行かれない場合には、その近辺の日に行かれると良いでしょう。

願い事

具体的に細かくお願いする方が自分の願いに沿ったものがくるそうです。

例えば、〇〇〇〇のバックが欲しいという願いだとしましょう。

その時に色や形等も細かくオーダーする事で、自分の望むものがしっかりと伝わるそうですよ!

そして、次は、自分主体で願う事です。あくまでも自分を主語にしない望みはぼやけてしまうので、要注意です!

お参りする場所について

神社仏閣、教会など神聖な場所が適しています。(天=神聖な場所を差す事から)

神社では、稲荷神社以外から選ぶ事。お稲荷は、祈りの効能、見返りを求める神社である事から

避けるようになったと言われます。大きな神社で、お稲荷さんもある場合には、本殿に直行すると良いそうです。

お寺は、墓地のみのお寺と檀家専用のお寺以外から選ぶ事となっています。

恵方の方位の調べ方

自宅から恵方を割り出す際には、方角を確認できる恵方のアプリが大変便利です。

自宅を真ん中に合わせて、恵方の方角にある神社仏閣教会などを探してみて下さい。

節分のあれこれ

節分とは?

冬の終わりの日。

節分は1年に4回ある。立春、立夏、立秋、立冬の前日の事。

冬の節分が、行事としては現代にも残っている。

豆まきは、平安時代に鞍馬山(京都)の鬼が都を荒らし、それを

毘沙門天のお告げで鬼の穴を豆で祈祷して封じたという事に由来しているもの。

「鬼はそと、福はうち」と豆をまく風習となりました。

(ひいらぎいわし)鰯の頭にひいらぎをさして飾る風習。

臭いがきついものは、魔除けや厄払いによいと考えられること

ひいらぎの棘が鬼の目を指し、魔よけになると主に西日本方面で多い風習のよう。

節分の食べ物について

節分の日には、恵方巻だけではなく、「節分そば」や「けんちん汁」を食べて無病息災を願う地域、腸をキレイにする「こんにゃく」料理を食べて、体の大掃除をする地域もあるんだそうです。

恵方巻の由来について

節分の恵方巻は、諸説ありますが江戸時代からまで歴史は遡るそうです。

芸子さんや商人の間で、その年の恵方に向かって商売繁盛、無病息災を
願って、一気に太巻きを食べていた歴史があります。

当時は、恵方巻という名前ではなく、「太巻き寿司」「丸被り寿司」と言う名前で呼ばれていました。

それ以外では、恵方を向いて戦国武将が節分の日に巻き寿司を食べて出陣したところ

勝利をおさめたからという説もあります。

「花街の遊びが恵方巻の起源」で、大阪の船場で芸子さんと巻き寿司を使ってお遊びをしていたからなんていう説もあります。ちょっと下ネタ的な要素が含まれていたそうですよ。

恵方巻の歴史~現在に至るまで

その後一時廃れ1970年代になると、

お寿司屋さんや海苔屋業界の宣伝活動から復活するようになります。

そこから、縁起を担ぐ節分の風習の復活となり現在に至っています。

ここにも所説あり、1989年にあの大手のコンビニエンスが広島で「恵方巻」と名前を付けて売り出したことで爆発的になったという事も言われています。

色々な謂れがありますが、長い歴史を経て復活した風習です。

恵方巻の地域性について

大阪で流行ったというのは、

元々恵方参りの風習が残っていた地方なので、恵方とのご縁が深かったからとも言われています。

恵方巻の縁起について

古くから日本では、長いものを食べることは縁起が良いと考えています。

大みそかの年越しそばもそうであるように

「何歳になっても元気で過ごせるように」と長寿や延命を願う意味合いが込められています。そして、七福神にあやかった海の幸や山の幸などの7種類の具材を入れ幸運を願いが込められています。

恵方巻の食べる方位について

その年の恵方に向いて恵方巻を食べます。

その恵方は、その年の福徳を司る「歳徳神(としとくじん)」がいる方角のことです。

恵方は毎年変わり、その方角は、すべてにおいて大吉と言われる縁起の良い方位となります。

立春にむけて

節分の次の日は立春になります。運気の切り替わり目の邪気が入りやすい時と言います。その前準備として、節分の日に豆まきをする事で邪を祓い、暦上の春を迎える準備をするのだそうです。